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お店のご案内

今年は「山」ですよ、みなさん。キテマスキテマス。

ま、観光案内も兼ねておりますが、、、。店を始めるまではしょっちゅう山に登っておりました。

最近ちょこちょこと、娘を連れて近くの山に登っております。いつまで付き合ってくれるのか不安ですが、

すでにいっぱしの山ガールになりつつあります。

高知新聞で取り上げられたので記憶にある方もおいででしょう、「平家の岩屋」はその昔、落ち延びてきた平家の人が隠れ住んだ大きな岩です。ワタクシ共が学んだ「岡の内小学校(すでに廃校)」では遠足の定番コースだったため、学校出身者と地元の人にはやたらメジャーな場所ですが、一般の人はまず知らない、いや香美市の人もほとんど知らないんじゃないかというくらいマイナーな存在です。久しぶりにいってみてわかったのですが、初めての人には登り口すらわからないはずです。役場なり、地元の人なり、なんらかの案内を受ける必要があります。

山道は、植林の中を一気に登るうえに、展望も期待できないし、上の方は岩場で小石がごろごろなので、なかなかに大変です。なんたって「隠れ住んだ」場所ですから。それでも谷に沿って登るので、きれいな水場はいくらでもあるし、炭焼き跡など 地元の人の生活の名残があるので、同じ平家伝説のある「石立山」のどんよりした道よりはよっぽど楽しい道行です。

岩屋はかなり埋もれてて、もう人が入ったりはできませんが、お昼を食べるくらいのスペースはあります。ちゃんと祠もあります。上でお弁当食べても3時間くらいで降りてきたと思います(あいまい)。道しるべのテープはちゃんとついているので迷うことはないと思いますが、あちこちにつながる小道があるので気まぐれを起こすと他の部落へ向けて山越えです。実際うちのハハが遠足で行ったときは迷ってえらい事になったそうです。

といった感じで、またどこかへ登ったらご案内します。

 NHK 洋楽倶楽部の高嶋さんのインタビューを読んでいたら、洋楽に染まるきっかけがヤングミュージックショーのKISSのコンサートだというではないか。わたくしも見ましたがな。姉が「こんなんあるで」というので見てたら、あーた、白と黒で顔中塗りたくったおっさん(子供から見たらね)が、口から血ィ吐きながら、ギャインギャインだの、ドッスンドッスンだのやってるじゃないですか。好きだの嫌いだのいう以前に「こんなのあるんだあ」って感じでした。日本のロックを知る前、多分まだアリスを一生懸命聴いてた時期じゃないかなあ。公にはしていないんですが、今でもわりとヘビーな曲が好きなのはKISSの影響かもしれないなあ。

 時代は変わって現在。若い頃、一生見ることがないだろうと思っていた矢野あっこや大貫ター坊のコンサートも見ることが出来ました。長生きはするもんだなー、と年寄りくさい感慨にふけっております。さらには坂本龍一の北米ツアーを、しかもLIVEで見れました。ま、もちろんネットでですけど。たまたま ついったーで知り、世界中の1万人ちかい人達と一緒に教授の演奏を見、そして聴きました。これは今の若い人がきっと20年30年経ったあとで「あ、オレもそれ見たよ」って言うべき原体験になるんじゃないでしょうか。だってさ、レコードとかCD売って、コンサートに人を呼んで、っていう今までの音楽業界のスタイルが、 配信で聴いてUstreamで見て、そこで好きになったら著作権料を払い、コンサートで同じ趣味の人と時間を共有し場をつくりあげる、という形になっていくわけじゃないですか。ミュージシャンがやってることはいっしょですけど、無駄なものがずいぶん削ぎ落とされた感じはしますよね。みんなでがんばって長生きしましょうね。

わたくし的には原子力発電について賛成でもなく反対でもないのですが、「一体どっちなんだ?!」と強くせまられたら、あ、あってもいいかな、と どもりながら答えるでしょう。

難しい問題です。で、悩んでいるなら、空を見上げろ!、大きな視点で考えろっ!!、、、、

と見上げた先にあるのは太陽です。賛成派の皆さん、太陽だって熱核融合なんです。原子力だって自然エネルギーだ、ってんで自信持っていいんじゃないですか。反対派の皆さん、人類は太陽に近づく事さえ出来ないんです。核融合なんて扱えるワケがないですよねえ。

ふたたび「で、どっちなの?」と少しイラついた声で聞かれたら、あってもいいけど現在の人類の科学やら倫理観やら文化やら、、では原子力発電は無理です。と答えましょう。基礎研究のためにどこか地球のすみっこの方にひとつ、ふたつあってもいいけど、実用にするには早すぎたのではないでしょうか。

「ぷっすま」見てて、気になってブログも読んでみたが、いやあ、レイザーラモンHGの奥さんてホントよくできた嫁さんだなあ、、、、。

 

じゃなかった、震災についてその後考えたこと。

では、僕らがいる高知県にあの地震がおきたらどうするか。いえ、いずれは「揺れる」と言われているのですから偉い人たちがしっかり対策を練ってくていると信じて、というより悲しいことは考えたくないので、揺れまくったその後のことを考えてみました。四国の場合、本州と連絡している橋がダメージを受けると救援は無理でしょう、しかも高知の場合高速道路や国道が寸断されれば、完全な陸の孤島になってしまいます。なんておそろしい。しかし僕は、揺れたらもう即刻、高知県は独立すべきだと思うのです。坂東眞砂子センセーの「独立土佐黒潮共和国」なんて小説もありましたね。「独立」という言葉が過激だというのであれば「高知自治区」で結構。意味としては自治区のほうがしっくりきます。現実問題として救援が期待できないのであれば自分たちでなんとかしなきゃいけないのは当然ですが、そのための条件がそこそこ揃っているからです。高知には山の物も海の物も、そして津波から復興できれば平地の物、つまり米や野菜や工場で作られる生産物もあります。水力発電所も、あ、その前に当然「水」もあります。地震前とまったく同じ生活を望まなければなんとか生きていく方法は見つかりそうです。遠く幕末の頃土佐や薩摩、長州といった端っこの国ばかりがチカラを持ったのも幕府の目を気にしつつも、国として自立していたからでしょう。

「じゃあ江戸時代の暮らしに戻れと?」そんなつもりはないですし、現代人がそれに対応できるわけもありません。重要なのは「ネットワーク」です。生き残った者たちが協力し、譲り合い、少ない資源を分け合い、生き延びるために共通の目標を持つためにはどうしても情報の共有や伝達が必要になります。その点が、東西に長い高知県の致命的な欠点です。神経系のシナプスのように「小さな拠点」を県内にちりばめて、情報を伝達していけばよいのでしょうが、よほど統制がとれていないと、またはシステムが完成されていないと難しい。あるいは(僕は今回の地震を「ツイッター地震」と密かにとらえているんですが、)ツイッターやフェイスブックのように相互に情報交換できるツールがあればいいのですが、それが使える状況にあるとは限らない。

では結局どうしたいのか?これを書いておこうと思った理由でもあるのですが、尾崎知事はじめ今生きている人間が「その時」のために用意しておくべきことがあるかもしれないと思うのです。それは備蓄品を山の中に隠すことではありません。地震に強い水力発電所(もちろん火力でも風力でも太陽でも、うーん原子力でも?)と救急病院の電源をつないどくとか、防災無線よりはもうちょっと情報量の多いコミュニケーションツールを開発するとか、そういう具体的な行動。遠く東北で起こった地震ですが、地球全体から見れば我々は「なんとか生き残った人類」であることに違いはありません。亡くなられた方々のためにも、その教訓を生かし「次に生き残るための方法」と「さらに生き残った人類」のための社会(というより考え方)を作っておくべきかなあ、と思うのです。

東日本大震災で被害にあわれた方、また救援のために毎日頑張ってくださってる方々、お見舞いの言葉すら見つからないほどの惨状を見るたび、心が痛みます。どうか小さくても希望を捨てずに、生きてください。

 

日本中の人が、いまそれぞれに、「なぜ」や「どうして」や「なにができる?」、あるいは「生きる意味」や「本当の自分自身」といった根源的な質問を心に問うています。災害や戦争とは、その謎を人間に突きつけるためにだけ起こるのかもしれません。一緒にしたら不謹慎かもしれませんが恋愛だってそうです。自分の存在意義ってなんだろう、大自然や宇宙のなかのちっぽけな自分ってなんだろう?自己を相対的に見ざるを得ない。

実際なにができるのでしょう?自衛隊や警察、ボランティアの方、まさに現場にいる人間は思いきり職務をまっとうされることでしょう。義援金や物資の寄付が必要だと思う人は出せるだけ出しましょう。(本来の意味からいえば、金額を書いたり公表するのは間違ってると思う)でも心がけとして今私たちができる唯一のことは毎日をいっしょうけんめいいきること。簡単に言えば今日本の何分の一かが機能停止している状態なのですから、残った部分がフル活動しなければ倒れてしまいます。いつもの仕事や生活を充実させること、常に新しい試みに挑戦すること、感謝や思いやりの気持ちを忘れないこと、そんな普通のことを心がけることが、被災者を、日本を元気づけられると思います。むやみにはしゃいでたらそりゃヒンシュクですが、かといって元気な人間までが沈んでたり、不安がってちゃダメだろう、と思っています。

 

ずいぶん、ごぶさた。

いえ、ごぶさたいたしました。ついったーにはぽつぽつつぶやいておりました。ではTVの話しなぞ。

 

『龍馬伝』が終わりました。「福山」くんと「大河」と「龍馬」という単なるブームではなく、潜在する「坂本龍馬」単体の人気がベースにあるんじゃないか、としたら、次に大河ドラマで龍馬を扱うのはまた10年先、20年先になるんじゃないでしょうか。人気がありすぎて扱いずらいよねえ。「徳川」や「信長」は再々でてくるのに。 龍馬をも一度考えてみるに、その魅力は「つなぐ」ところにあるんじゃないでしょうか。長州と薩摩から始まって、幕府と朝廷、経済と政治、日本と世界、江戸と明治etc。閉塞感あふれる現代、龍馬が求められてるのも無理はないのかも。 例えば新聞でヘブライ大名誉教授ベンアミー・シロニー氏が語ってらしたのですが、イスラエルとアラブ世界をつなげられるのは、どちらにも深い関わりのある日本でしかありえない!とか聞くと、世界平和の為、龍馬さんにどげんかしてほしくなりますねえ。

 

宇多田ヒカルのドキュメンタリーをみる。そうかあ、宇多田は自分自身を、つまり光(ひかりまたはヒカル)を取り戻しにいくのかもなあ、などと考える。すべての問題の答えは、自分自身の内にあるからね。いいかえれば、内なる光が存在し、それは誰の中にもあってそれぞれの道を指し示してる。なかなか気づけないけれども。

 

間カンペイちゃんがゴール。おめでとうございます。考えたことはふたつ。

ひとつは人力と風の力だけで地球を一周するのに2年しかかからないということ。大昔の人類でさえ、「この先はどうなってるんだべ?」と西に向けて歩き始めたら、何年か先には東から戻ってきてしまう、という事実。二足歩行をはじめてから、意外と早い段階で人類は地球上にはびこってたのかもねえ。カンペイちゃんの病気が途中でわかったという事実にもリアルさがある。 もひとつは、能天気な外人さんでさえやったことがなかったアースマラソンなんて「アホ」なことを、勤勉でまじめで通ってる日本人がやっちゃったのが痛快でんな。「んな、アホな」ことをまじめに、でも笑いを忘れずにできるのは大阪 吉本だからこそ。日本人の底知れぬ奥深さを感じます。なんて、まじめに書くとあほらしいでんな。アメーマー!!

わりと小さい頃からNHKが好きで見ているワタクシですが、確かに最近のNHKはおもしろいと思う。不祥事が連発したあたりから、ちゃんと「視聴率」を考えはじめたようで、内部から変えようという意識が感じられる。角界も今後はそんな感じになれば良いのにね。

さてNHKで好きな番組はいろいろありますし、好きだからこそ文句をつけたいところもいろいろあって語りたいことは山のようにあるのですが、なにせ一日のうちテレビを見る時間が少ししかないもので総括的に語るより やはり最近ハマってる番組にしましょう。それは「課外授業」!!この番組ももう長いですよねえ。ゴソゴソ。2003年?ごそごそ。1998年から?10年超えてるんですね、びっくり。最初の頃とスタイルは変わってないのですが、今は25分の番組なので物足りない感じはするものの、凝縮されたおかげでワタクシが仕事の合間に歯磨きをしながら見ても内容が把握できるようになりました。

前回は益若つばさちゃん。子供たちに「カワイイ~」とか言われながらもしっかり先生してました。内容は再放送でも見ていただくとして、毎回見ながら思うのは「学校の先生、見てるかなあ」ということ。つばさちゃんのような若い先生にしろ、渡辺淳一のような 子供たちに「誰?」と言われそうなおじいちゃん先生にしろ、みなさん教えるポイントがブレないんですね。教え方も上手。学校の先生方が使えそうなヒントがたくさん出てきます。少なくとも「教える」事の原点を思い出させてくれます。もっとも番組的にいえば出演者によっておもしろくない、つまらない回もありますが、、、、そう人間対人間のドキュメンタリーとしてみれば一芸に秀でた人はやっぱり違うなあ、と毎回感心します。

もうひとつ。子供たちがすばらしい。どの先生の話もちゃんと聞いています。芸能人だから?カメラまわってるから?いえいえ。いつも二日ほどの授業なのですが、一日目はぐだぐだの子供たちが、2日目授業終盤にはびっくりするほど成長します。変われるんですね。すぐに。子供たちが頑張ってると、おじさんつい涙ぐんでしまいます。歳ですかねえ。でも、テレビに出てこない「頑張ってない」子もいるんでしょう?いえいえ。班単位で行動しても変化がちゃんと出てる。受け止め方はそれぞれでも、変化の幅はそれぞれでも、子供たちは皆が皆先生の生き方に反応してるんですね。 ホントの事をいうなら、「オトナ」も「コドモ」も関係なくて、「センセイ」も「セイト」もなく、人の話をちゃんと聞いて受け止められれば、誰だって変われるんですけどね。

うぬぼれ刑事、期待通りです。クドカンも忙しいのでしょう、すこうし脚本が「荒い」感じもしますが、最後まで見ないと、ね、わからない、ですからね。坂東三津五郎も西田敏行も見逃せませんが、注目は「玲子ママ」です。最高です。歴代の森下愛子のクドカンキャラの中では一番だと、勝手に決めつけております。筆談ホステスのパロディーだからてっきり口がきけないのかと思いきや、カラオケの歌いすぎで声が出ないんだそうで。いいなあ、森下愛子。

百歳を超えたお年寄りがどうなったのかわからないというニュース。うちの身内にも近所にも元気な超高齢者はおりますから「信じられない」という気持ちと、「会いに行かなくちゃ」と思いつつなかなか機会が作れないうしろめたさみたいな気持ちと両方あります。

昭和の頃、(という言い方はどうなのかね) 村は個人の家と、何軒か集まった集落、十数軒の部落や地区、その上に役場があるという組織でしたので、班長や区長といったそれぞれのとリまとめ役が村の広報誌を配ったり家々から集金をしたりしてました。だから情報は上にも下にもよく伝わりましたし、井戸端会議や噂話で横方向にもまんべんなく広がりました。住んでる者の実感として「村のウワサはインターネットより速い」と言えます。

この組織の構造は別に村に限ったわけではなく、昭和に限られてたわけでもありません。今でもうちに班長さんが配り物を持ってきてくれるし、回覧板がまわってきます。東京の下町の町内会も同じでしょう。平成になって変わったことは個人情報の保護。個人のあれこれに関することは班長さんが伝えるわけにはいかなくなりました。代わりに封書やはがきが怪しげなDMと共に届き、振込みや自動引き落としによって集金されます。郵便やさんや宅配のお兄さんが家々を回っても、いったん切れた情報のシナプスは戻りません。

まだそれでも田舎の村は横方向の情報伝達を怠りませんから、まだましなのでしょう。山の中に離れて住んでいれば何かあっても誰も助けてくれません。すぐに異変に気がつく地域の力が必要になります。実際に近所で今年の春亡くなった人は親戚からの連絡で近くの人が発見しました。  コンビニや病院が24時間開いている都会では命の危険こそ感じないかもしれませんが、構造は田舎も都会も変わらないのでしょう。壁一枚の距離が、谷をはさんだ山と山の距離と一緒だとしたら、、、、。「つながり」がとても大切なものになってきて、それが本能的にわかるからこそケータイや、ついったーで「つながる」、つながろうとするのでしょう。たとえバーチャルだとしても、ね。

ええと、親類縁者知人の皆様、今回は特に奉加帳にご協力いただいた方々、いつもお世話になっております。

おかげさまでCooさんは無事、徳島での四国大会でがんばってくることができました。結果は、残念ながら一個も勝てなかったのですが、いつもどおりたくさんの収穫がありました。課題山積。どうもありがとうございました。

川上様の夏祭りがあった後、今度は水泳の記録会。昨年は華々しく活躍しましたが、今年は体調不良で途中リタイア。体調管理がなっとらん!とおかあちゃんに怒られとります。

と、その横でMipoりんもプール行ったり友達と遊びにいったり従姉妹んちに泊ったり、当然ごろごろしたり、夏休みを満喫しております。