百歳を超えたお年寄りがどうなったのかわからないというニュース。うちの身内にも近所にも元気な超高齢者はおりますから「信じられない」という気持ちと、「会いに行かなくちゃ」と思いつつなかなか機会が作れないうしろめたさみたいな気持ちと両方あります。
昭和の頃、(という言い方はどうなのかね) 村は個人の家と、何軒か集まった集落、十数軒の部落や地区、その上に役場があるという組織でしたので、班長や区長といったそれぞれのとリまとめ役が村の広報誌を配ったり家々から集金をしたりしてました。だから情報は上にも下にもよく伝わりましたし、井戸端会議や噂話で横方向にもまんべんなく広がりました。住んでる者の実感として「村のウワサはインターネットより速い」と言えます。
この組織の構造は別に村に限ったわけではなく、昭和に限られてたわけでもありません。今でもうちに班長さんが配り物を持ってきてくれるし、回覧板がまわってきます。東京の下町の町内会も同じでしょう。平成になって変わったことは個人情報の保護。個人のあれこれに関することは班長さんが伝えるわけにはいかなくなりました。代わりに封書やはがきが怪しげなDMと共に届き、振込みや自動引き落としによって集金されます。郵便やさんや宅配のお兄さんが家々を回っても、いったん切れた情報のシナプスは戻りません。
まだそれでも田舎の村は横方向の情報伝達を怠りませんから、まだましなのでしょう。山の中に離れて住んでいれば何かあっても誰も助けてくれません。すぐに異変に気がつく地域の力が必要になります。実際に近所で今年の春亡くなった人は親戚からの連絡で近くの人が発見しました。 コンビニや病院が24時間開いている都会では命の危険こそ感じないかもしれませんが、構造は田舎も都会も変わらないのでしょう。壁一枚の距離が、谷をはさんだ山と山の距離と一緒だとしたら、、、、。「つながり」がとても大切なものになってきて、それが本能的にわかるからこそケータイや、ついったーで「つながる」、つながろうとするのでしょう。たとえバーチャルだとしても、ね。

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